宝塚歌劇

宝塚歌劇団 タカラジェンヌ トップスター

宝塚歌劇団 歴史 起源 発祥の地

宝塚歌劇は兵庫県宝塚市で生まれました。設立された当時は宝塚少女歌劇と言われ現在の宝塚歌劇という名称は昭和15年から改名されました。2004年には設立から90年が経ち90th Anniversaryの看板が各劇場に飾られました。90th Anniversaryのロゴは綺麗にライトアップされ、訪れた人を魅了する程のデザイン、レイアウトでした。

宝塚歌劇の創始者である小林一三(こばやしいちぞう)さんは阪急グループの創始者でもあり鉄道、百貨店、そして宝塚歌劇と幅広い分野で活躍されているのは有名な話です。宝塚歌劇の劇場には小林一三のブロンズ像があります。一度訪れてみてはいかがでしょうか。

宝塚歌劇が創設されたときには現在のような華やか、艶やかで美しく格好の良いものではなく学芸の延長線上のようなものだったと言います。現在に至るまでには様々な工夫が取り入れられ、苦労と失敗の連続だったそうです。劇場の名前も宝塚大劇場ではなく昔はパラダイス劇場と言い、宝塚少女歌劇による喜劇なども公開されていたようです。東京の宝塚劇場は1934年に建てられました。兵庫県の劇場が作られてから10年後の事になります。

宝塚歌劇団 タカラジェンヌ

宝塚と言えばトップスター。

現在5組ある中からそれぞれ選抜されたスター中のスターです。

それぞれの組から選ばれるトップスター。トップスターになるためには宝塚音楽学校に入学しなければいけません。タカラジェンヌになるための一番最初の試練です。宝塚音楽学校は毎年3月に入試試験が行われます。募集定員は約50名、その倍率は毎年約20倍にもなります。試験の内容はバレエ、声楽(歌と譜面の読解力)等の実技がほとんどで、筆記試験はありません。この試験に合格した人だけがあこがれのタカラジェンヌの階段を昇っていくことになります。宝塚音楽学校では予科1年、本科1年の合計2年間の演劇の学習をすることになります。宝塚音楽学校を卒業するといよいよ宝塚歌劇の一員として入団することになります。

宝塚歌劇団 現在のトップスター 組 専科

現在5つの組が存在する宝塚歌劇それぞれにトップスターが存在し誰もが憧れるこのポジションをみんなが目指します。(2006年度調べ)

宝塚歌劇団 花組

春野寿美礼(はるのすみれ)、桜乃彩音(さくらのあやね)、彩吹真央(あやぶきまお)

真飛聖(まとぶせい)、音羽麗 (あいねはれい)

宝塚歌劇団 月組

瀬奈じゅん(せなじゅん)、彩乃かなみ(あやのかなみ)、大空祐飛(おおぞらゆうひ)

霧矢大夢(きりやひろむ)、遼河はるひ(りょうがはるひ)、北翔海莉(ほくしょうかいり)

宝塚歌劇団 雪組

朝海ひかる(あさみひかる)、舞風りら(まいかぜりら)、未来優希 (みらいゆうき)

水夏希(みずなつき)、壮一帆(そうかずほ)、音月桂(おとづきけい)

宝塚歌劇団 星組

湖月わたる(こづきわたる)、白羽ゆり(しらはねゆり)、安蘭けい(あらんけい)

立樹遥(たつきよう)、涼紫央(すずみしお)、柚希礼音(ゆずきれおん)

宝塚歌劇団 宙組

貴城けい(たかしろけい)、紫城るい(しじょうるい)、大和悠河(やまとゆうが)

蘭寿とむ(らんじゅとむ)、悠未ひろ(ゆうみひろ)

宝塚歌劇団 専科

轟悠(とどろきゆう)

1クラスの人数はそれぞれ80〜90名で構成されています。

宝塚歌劇団 専科とは?

5つの組の他に専科という団体が存在します。この団体は宝塚歌劇に所属し、どの組にも属さないベテランから新人まで年齢層も幅広い構成でスペシャリストたちが属す団体のことです。専科だけでの公演はなく、スペシャルヘルパー、特別出演として他の組と合同で演劇に参加します。

宝塚歌劇は女性の格好良さ、華麗さ、美しさ、優雅さを兼ねそろえた演劇団体です。

(c) 2006 ** Necolle ** All Rights Reserved.